多様な主観は本を読まないと生まれない

見城徹さんの『読書という荒野』を読みました。
けっこうおもしろかったので感想を書きます。

『読書という荒野』概要

幻冬舎・代表取締役の見城徹さんの自伝です。
いじめられていた小中学校。
成績がトップであった高校生。
読書にふけた大学生活を経て
働きだしてからの人生を書かれています。

見城さんは68歳(2018年時点)。
それは戦後、落ち着き始め
学生運動の盛んな時期です。

68歳という年齢は
自分の人生に影響を与えた師と
ほぼ同じ年齢(師:69歳)で
ワタナベはそこに特に興味を持ちました。

この本のテーマは「読書論」です。

個人的金言だと思われる言葉3選

①自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つがなければ、人間は進歩しない

この本の金言だな、と思った部分が多かったのは、あらすじにあたる部分。
1章の子ども時代に入る前でした。

その中でも、印象深かったのはこの言葉です。
進歩とは、成長とは違いステップを踏むことかなと思います。
それは子どもがちょっとずつ逆上がりがうまくなっていくものではなく、
子どもから大人になるような認識です。

見城さんは、読書は
自己検証力をつけ自分を客観的に見えるようにすると言っています。

客観的に自分を見れるようにした後、
自分にはめていくことを書いています。

無知⇒認識者(多様な主観=客観できている状態)⇒実践者(行動におこせている状態)

②戦いとは常に孤独であるということ

どれだけ周りと仲を深め、意思を共有しようとも
自分自身にしか己は見えないと解釈しました。

三島由紀夫が自殺する前に演説を行った時も
吉本隆明が収奪されている労働者のために戦っている時も
受けている側は理解しようとしません。
そもそも知らないのだと思います。

けれども、それがおかしいということではなく普通なのだと思います。
それでも現実を飲み込み、戦うしかないのかなと思います。
「理想」を語るというのは過酷の道をいくこと、に繋がると思いました。

③生きていくということは矛盾や葛藤を抱えて、それをどうにかしてねじ伏せるということ

上記、2つから繋がった言葉だとワタナベは解釈します。

自分の中にある
矛盾や葛藤をにどう折り合いをつけるかが
必要だと思います。

そういった矛盾や葛藤は人生において
何度も現れ、乗り越えなければいけません。
自分のステップを上げる機会だともとらえることもできますが、
その際、そのような余裕はないと思います。

度々くる矛盾や葛藤に
自己検証、自己嫌悪、自己否定し
その先に究極の自己肯定がある、というのが
見城さんの言葉ですが
ワタナベにそれが見えるのはかなり先かもしれません。

表現は自己救済

上記3つの金言に加え、
気になったのがこの言葉です。

文章を読む限り、見城さんは
たくさんの言葉を武器として扱えるようになり
また人生経験も豊富で、十分作家のレベルだと思いましたが、

自己救済の必要のない中途半端に生きている人の元に優れた表現は生まれない、とおっしゃられています。
そして自分は作家になれないと言っています。

作家や作曲家、0から1を生み出すものに対して、
自分のような作曲家が作ったものを表現する人たちは
見城さんのおっしゃる表現者であるのでしょうか。
自分は少し違うように思いましたが、
だからといって、といったところです。

まとめ

他にも成長するためには
旅・恋愛が必要だということ書いています。
そんな話は読んで判断してください。

この本は、カテゴリーは啓発本の類に入ると思いますが
小説のような感覚でよみました。
少し不思議な感覚です。

他の本をというか
幾千もの本を読んだ方が
おススメ本を書いてくれています。
ネットで探さずとも、この本から読みたいなって本を読めば確実かなといった印象です。
尖っているようで、自分の弱さに着目しつづけている方でした。

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