気づかい上手は最強じゃないか?

 何において最強かというと、誰かから物事を学ぶ上でです。
主体性を第一に考えてもいいけど、何かを学ぶ上でプライドや持ち前の思考が邪魔するんじゃないか?って考えました。
 

相手の目線に立つこと

 気づかい上手さんの長所の筆頭に、相手の目線に立てることが挙げられます。
相手が望むことを見抜く力。
相手が見てる視界を想像する力。
相手の気持ちを察する力。
それらに対してどう行動すべきかが分かる力。
上記、あれば同じ指導を受けても吸収する量が変わります。
何故なら、相手から貰える問の質が変わるから。
指導者はレベルにあった課題を与えます。
相手の目線になって同じことを想像して考えてみる。
言うは易し。至極当然のことですが、できるかできないかだけで過ごす時間の質は違うように思います。
もちろん、その後は身体の中に入れたインプットをどう調理しようかは自由。
誰かと議論してる場ではなく、相手のアウトプットを受け入れる場でどのように考えるか。
 
 

主体性を消すことではない

語弊があるかもしれないので、先手を打っておきます。
『主体性』をすべての場で殺せ。ということではありません。
教えを乞う場で、教える側に気持ちに立てるか。これは新たなインプットの量に関係すると思います。
新たな視点の育みにつながると思います。
 
ただ『主体性』は違う場で活躍するので、持つに越します。
主体性の利点について、いつかまとめようと思います。
『主体性』と『気づかい上手両方持ってれば最高最強ですね。
ついでに言えば、両方持って、かつ切り替えれる力があれば無敵です!
 

最後に

自分は、気づかいは心がけますが残念ながら『上手』ではありません。
こういう人間を不器用(マシな言い方)と呼ぶのかもしれませんが、気づかい上手になりたいものです。努力。
 
それでは!
 
 
 
 
 
 
 

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